こんばんは。
昨日に引き続き、皆川です。
本日は、第2部、座談会が催されました。
天然村という場所で行われたのですが、
吉村先生にとっては、とても想いが強い場所のようで、とっても喜ばれていました。
天然村では、以前お産を取り上げている助産師さんがいました。
「聖なる産声」という本を出しているのですが、
その最後のあとがきの一文にとても共感し、この場所にくるということにつながっていたようです。
そんな素敵な場所での座談会。
スタートは、佐藤さんのクリスタルボウルから始まり、
素敵なお菓子をいただきながら、みなさん床に座って、アットホームな感じで進んでいきました。

先日の講演会のお話を聞いて思ったことや、実際に自分自身がお産して感じたこと、
いろんな意見や、質問がでましたね。
ひとりひとり、お産が違うように、不安なこと、期待、後悔、想いが全く違ってきます。
その想いを伝えて、吉村先生だけではなく、吉村医院で働く医師、助産師から聞いたお話は
とても心に残るものがありました。

思った以上に集まった座談会。
思った以上に素敵な時間を過ごせたのではないでしょうか?
そんな中、私も実は発言したかったのですが、
手をあげたものの、まわりの発言が強く、私自身発言するチャンスを逃してしまったのでここで私の想いを一言。
「自然なお産でなくては、下から産まなくては、本当の母親ではない!」
と強い発言をしていた先生ですが、
私自身、助産師として1000人以上の母親の姿を見てきて思うことがあります。
確かに、一切の医療介入をせず、下から元気な赤ちゃんを産むということは一番だと思います。
これは、誰もが願うことではないでしょうか?
そのためには、妊娠中、その前からの体つくりが大変になってきます。
しかし、いくら努力しても時には医療介入が必要になってくることもあります。
途中まで順調にお産が進んでいても、急に赤ちゃんが仮死状態になってしまい、吸引分娩が必要になることもあるでしょう。
何かしらの異常があり、緊急帝王切開が必要になることもあるでしょう。
全てのお産が正常でスムーズにいくわけではありません。
それは、赤ちゃんの生命力だから・・・と一言で片つけてしまうと、命はそこで終わってしまいます。
だけど、母親が自分の理想とするお産よりも、
赤ちゃんの命を守るという必死な想いで帝王切開を選ぶ、そんな行為は「本当の母親」とは言えないのでしょうか?
赤ちゃんの命は関係ないと思ったら、どんな状態でも下からのお産をすることはできます。
仮死で生まれて、大きな病院に搬送になり、母子分離の状態になっても、「下から産めたから満足」という声もきかれます。
しかし、それが「本当の母親」の姿でしょうか?
『無意味な医療介入』がされず、母親も赤ちゃんも元気で家族もみんなが笑顔でいられる。
それが、本当の「幸せなお産」ということではないでしょうか?
話を聞いている途中、私は胸が苦しくて苦しくて涙が出そうになりました。
先生の話を聞いて、色んな考え方、想いがあって良いと思います。
しかし、自分がした決断を決して後悔しないように、自分を責めないように、
そして、これからもたくさんの人が、本当の「幸せなお産」ができるように、
心から願っています。